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RAZUSO Interview 田中隼磨

RAZUSO Special Interview

松本で生まれ育ち、プロ20年目を迎える田中隼磨。37歳にしてなおチーム随一のスタミナを誇り、今季も28試合に出場して存在感を発揮してきた。それだけでなく、自らが生まれ育った松本の子どもたちのために――と、ピッチ外でも精力的に活動をしている。今回はそんな田中隼磨に、自身の経験を踏まえて育成などについての話を聞いた。

――自身が育ってきた環境を踏まえ、育成の重要性はどう捉えていますか?
すごく重要なのは当たり前のことだし、特に松本山雅というチームは地元に根ざして地域密着して、市民の皆さんに支えられているクラブ。だからこそやはり地元出身の選手がトップチームで活躍する姿をファンやサポーターの皆さんは強く望んでいると思います。
育成とトップチームがリンクするのが今はまだ難しい状況かもしれないですが、少しずつだけど成長しているのかな。クラブも現場の指導者の皆さんもすごく努力をしているのは感じていますし、早くトップに昇格する選手が出てこないか心待ちにしています。でも環境が整えば選手が出るかといえばそれは別の問題。いずれにしても育成というのはとても難しいけれどクラブにとってすごく大切なことは間違いありません。

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――そうした状況の中、トップチームの選手だからこそできることもありますよね。
現役の選手だからこそ伝えられることはたくさんあると思っています。だから僕もキャリア教育授業として松本市内の学校に何回も行っています。現役のうちに子どもたちに少しでも何かを感じてほしいし、こちらも何かを伝えたい。だからこそ練習が終わった後、スクールの子どもたちのところにちょっと顔を出したりもしているし、そういう活動は時間がある限り続けていきたいと思っています。

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――自分自身が育ってきた環境と今の松本との決定的な違いは、地元にプロクラブがあることですよね?
子どもたちがそのありがたみを感じてサッカーしているかと言ったら別の問題だと思いますし、今あるのが当たり前なのかもしれません。僕たちの時代には(地元にプロクラブが)ないのが当たり前でしたから。でも子どもの時には「身近にマリノスとかヴェルディとかがあったらいいな」とは思っていましたよ。でも、それがないから僕は中学校3年生から横浜フリューゲルス(当時)のユースに行くことにしたわけですしね。
ただ、今の松本山雅の立ち位置で子どもたちがどう思うのかは少し違うかもしれません。今はもう海外も含めていろんな情報が入ってくるし、Jリーグのトップの情報にも簡単にアクセスできます。その中で松本山雅を頂点として目指すことがその子にとっていいのかどうかは人によると思います。特に最近は20歳前後の若い選手が海外にどんどん行っている時代じゃないですか。そこで何が正解なのかはわかりませんが、やっぱり僕が伝えたいのはプロサッカー選手になるために、そうじゃなくても何か目標や夢を叶えるためには何をしなければいけないのかっていうこと。それを身近に感じてくれればうれしいと思っています。
特に僕は松本で生まれ育っているから子どもたちにとっては身近な存在になれると思うんですよ。だから子どもたちと話す時も子ども目線で友だちかのように話しているし、小学校に行っても友達感覚で話すようにしています。そうやって少しでも身近で感じてくれたらうれしいですね。僕が子どもの時はそうやってプロの選手と触れ合う機会なんてなかったし、テレビの中の存在でしかなかったですから。

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――フリューゲルスのユースに進んで、よりハイレベルな環境に身を置くことの大事さも感じたんじゃないのかと思いますが?
それはやっぱりありますね。設備というよりも経験豊富な指導者のもとでプレーできたことが本当にすごく大きな経験でした。松本を出て中学3年生からユースの3年間というのは、本当に何物にも代え難い素晴らしい経験でしたね。それのおかげで今でもこうやってサッカーができていると思っていますし、その経験はすごく大きかったです。サッカーもそうだし、ピッチを離れたところでも本当に色々と教育してもらいました。
ただ当時は「プロを目指す」というよりは、「自分はプロになるんだ」という気持ちでいました。このままちゃんとプレーしてプロに行かなければいけない――という気持ちだったんですよ、「目指す」というよりは。フリューゲルスやF・マリノスの指導者の人たちも僕に対して「お前はプロに行くものだからと」いう育て方を多分してくれていたんです。そういう指導のされ方も自分にとってはありがたかったですね。
そもそも小学校6年生の頃に「よしJリーガーになろう」って言って中学生になって、その時にはもうプロを「目指す」というよりは「プロになるから何をしなければいけないんだ」という考えで行動していました。もちろんなるためにどうすればいいのか――ということも大切だとは思いますが、「プロで成功するために何をしなければいけないのか」というメンタリティーで続けてきました。

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――松本からも、「第2の田中隼磨」のような存在が出てきて追い付け追い越せ…となれば非常におもしろいですよね?
それはもう絶対に必要なことです。第2の隼磨じゃないけど、もっと煽ってもらっていいんじゃないですか?(笑)僕自身もそういう選手と一緒にプレーしたいし、そういう選手が松本で育ってくれればなおのことうれしいですよね。いずれは育って海外とかに行ってくれてもいいだろうし、そこからまた戻ってきてくれてもいいだろうし。長野県でこれだけサッカーをしている子どもたちが増えてきて年月もある程度経っているわけだから、その中から早く出てきてほしいと待ち焦がれていますよ。

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――山雅にもU-18を含めていろんな選手が練習参加しますよね。そういう選手とは積極的にコミュニケーションを取ったりもするんですか?
うーん。このチームは練習生も多いしユースとか高校とか大学から色々来るんだけれど、まず「チャンスをものにしようとする選手」が全然いないです。プロと一緒に練習をやれて、これ以上ないほどのチャンスなわけじゃないですか?それなのに、「人生を懸けてこのチャンスをものにしてつかんでやろう!」って選手が残念ながら誰一人いなかったです。
まずウォーミングアップから勝負が始まっているわけです。例えばフィジカルコーチが言うことをしっかり聞いてそれをやらないといけないのに、きちんと理解できなかったり。それは技術が上手い下手とかじゃない、それ以前の問題ですよね。その時点で俺はもう「来なくていいよ」って思っちゃうんですよ。
例えば去年の夏、無所属だったジネイ選手が練習に参加しました。彼はリーガ(スペイン)でもプレーしてブラジルでも実績があるベテランだけど、最初の挨拶の最初の言葉で「このチャンスを死に物狂いでモノにできるように頑張ります」って言ったんです。それで実際、練習も必死にやっていました。それでかたや若い練習生は「どこどこから来ました、何とかです。よろしくお願いします」って、それだけです。もうその時点で差が出ちゃいますよね……。
自分の経験を振り返ってみても、中学3年生でフリューゲルスのトップの練習に参加した時なんて「これでもし活躍したらプロの試合に出られるんだ」と思いながらプレーしていましたよ。松本から出てきてやっとトップの練習に出て、やっとこれでJ リーグの試合に出られるんだ…!って。実際はそこから3年間かかったけど、そのくらいの意気込みでやってほしいですよ。僕だって中学までにじゃあ何を教わったかって言ったら、同世代の選手たちと比べると親や地元の指導者から色々教えてもらってきただけ。でもそういう気持ちの強さなのか何なのか、小さい時から何かを変えていけたらいいですよね。
ただ、「最近の若い者は」っていう先入観で一括りにしてしまうのもよくないと思います。時代も変わっていますから自分が若い頃と同じようではダメだし自分たちも今の時代に合わせて考えをアップデートしてかなきゃいけないとも思っています。

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――環境を整えることも大事ですが、やはり根底にあるのはメンタルでしょうか?
精神論だけじゃないですけど、強い気持ちは本当に大事ですからね。でもその気持ちを果たしてどうやって変えるかって言ったら、小さい頃からの周りの影響や本人の気持ち次第じゃないですか。子どもたちの年代は周りがやっぱり大事。僕も子どもが山雅のジュニアでプレーしているからなおさら感じるけど、指導者ってすごく大事ですよね。また施設面で言えば、かりがね(サッカー場)はトップチームが午後練習の時は隣でユースも練習しているんですよ。こんなに恵まれた環境はJリーグの中でも少ないし、最高じゃないですか。これは本当に好きですね。トップチームの選手も、練習が早く終わればユースに顔を出せるし、身近に触れ合えるなんていうのはそれ以上に投資する必要はないほど最高の環境だと思っています。それでチャンスがあれば、そこに入ってプレーできるわけですから。ハングリーな選手が育ってきてくれることを期待しています。

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――ジュニアは全小(全日本U-12選手権)の県予選で優勝して全国に行きますが、長男の鈴磨くんもそのチームで活躍しています。父親としてはやはりうれしいものがあるんじゃないでしょうか?
うれしいですね。今の僕と同じ背番号3をつけて戦って、県大会の決勝では初得点を決めてくれました。自分も小学生時代に(FC松本ヴェガ=当時)で全小に出ましたから、同じ舞台に立つんだなと思うと感慨深いものがあります。

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――当時の松本ヴェガのベスト16が今も長野県勢の最高成績です。塗り替えてほしいという気持ちもありますか?
ベスト16に進んだときの相手が横浜マリノスのプライマリーでした。「こんなにうまい選手がいるんだ!?」と衝撃を受けて、現実を知りました。

それと同じように、子どもたちにとっては差を感じて何を思うかが大事。僕はそこで「このままじゃいけない」と思うようになりました。今は関東の強いチームとかと練習試合をする機会も多いかもしれませんけど、たとえ結果が出なかったとしても、子どもたちにとって刺激になって、感じたことを次に生かしてくれればいいと思います。

あとはジュニアユースも北信越リーグに昇格したし、高円宮杯(U-15選手権)で北信越を初優勝して全国切符をつかみましたよね。アカデミーの活躍はいつも気にしています。彼らにとって成長に繋がればいいし、RAZUSOも彼らの成長をより促してくれるような存在になってくれればうれしいと思っています。

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